日々を愉しくするための瞑想であって、           瞑想の達人になるために瞑想ではないのですから。

人間の脳は、普段いろんな人とつき合って、いろんな情報に触れて処理しているうちに、いつしか処理しきれなくなってストレスとしてたまって、心は波立っているわけです。瞑想をすることによって心を落ち着けるということは、その奥にあるものが見えてくるということです。海と同じで、波がある時は底が見えないですよね。だけど、海面が穏やかになると底が見えてくる、心も同じことだと思います。

瞑想で波立ってる心をフラットにすることによって、奥底が見えてくる。そこには宇宙もあるし、自分の本質も見えてくる。自分のことがわかれば他人のこともわかるだろうし、人間関係のこともわかってくる。ということは、日々の暮らしが楽になって愉しくなってくるわけです。

 

 


 

瞑想のスランプ

瞑想がある状態から進めないのは、そこから先に行こうとする気持ちが強いからで、「もっと瞑想を進めなければいけない」という思いは、冷静さに欠け、自分自身でブロックをかけているケースが多いと思います。

そのような、湧き上がった妄想の物語には一切参加しないで、走る電車の窓から流れていく景色を眺めるようにサラッと否していく。いつしか浮かんでくる妄想も減ってきて、イロイロなこだわりが無くなってくるとある時、ポンと境地が進むのでは?などと考えます。

 

木からの採気

鞍馬山
鞍馬山

「木からの採気」とは、自分に合った木の前でパワーをもらう気功法です。いい木の横に立つと、雰囲気の違いを感じるので、そういう木を選ぶことが大切です。

気功的な視点で「木」を見た場合、大きく二つのカテゴリーに分かれています。

ひとつは、ネガティブなパワーの発散を助けてくれる木。

もうひとつは、木が持つポジティブなパワーを私たちに与えてくれる木です。

発散を助けてくれるもので主な木は「桜」とか「桃」「楠」があります。昔から桜のシーズンになるとお花見に出かけるのは、無意識に日頃のストレスを発散しているのでしょうね。

一方パワーをくれる木で主なものは「松」や「椿」「モミジ」「竹」などです。この種の木は、神社やお寺などの、精神の修行をするような厳粛な場でよく見かけられます。

呼吸法とかイメージが大切ですが、最初はゆったりとした呼吸を繰り返しながら、木と同じ「気」に包まれているイメージを持ちます。

自分自身が木に同化したイメージで、頭のてっぺんから入ってきた気が、そのまま下がって地面に吸い込まれていくのをイメージしてみましょう。一度、試してみませんか。